クロッシング:あらすじ クライマックスへ

ようやく電話で会話することができたヨンスとジュニ。ヨンスは北朝鮮からお金を稼ぐため、家族を思って中国へ行きましたがそれから後の生活は『こんなはずではなかった・・』という生活でした。それはジュニも同じです。父を信じて父の帰りを待ち、父との約束を果たせなかったことを謝り決して父親を恨んだりはしていません。

電話で話しをした2人は、ただ無事の再会を願う。その思いだけです。

2人は再会を果たせたのか?!

ジュニは強制収容所からブローカーの手によって、無事に収容所から出ただけではなく無事に中国へ入ることが出来ました。中国では延吉駅から列車で北京へと大移動をします。中国の首都北京の高層ビルが立ち並ぶ様子を見て何を思ったのでしょう。そして首都北京から車でモンゴルと中国の国境を目指します。次なる目的の場所はモンゴルの国境越えです。

ジュニは無事に中国からの国境越えができるのでしょうか?!

モンゴルへ

ヨンスは荷造りをしています。荷物にはジュニのために買ったサッカーボールにサッカーシューズ。それに大量に買ってある栄養剤です。ようやく会えます。明日にはジュニに会えるのです。

ジュニも父の言葉を頼りにして、支援組織の力を借りて北京行きの列車に乗り込みます。ジュニは北京から内モンゴル自治州を通過してモンゴルへ向かいます。ジュニを迎えに行くためにヨンスもモンゴルへと向かいます。

ヨンスは出国手続をしていると、手続の段階で足止めを食らいました。ジュニのために持参した栄養剤に麻薬の疑いがかかったのです。麻薬の疑いをかけられたヨンスは事情を聞くため連れて行かれてしまいます。

一方、ジュニたちの一行は駅から砂漠を車で走りモンゴルの国境付近に向かいます。そしてそこで車を降ろされます。「あの鉄条網を越えてください。あそこを越えたら中国側は何も手出しできません。」と説明して一人一人に水と食料、そしてモンゴル語で書かれたプレートや手紙を渡します。プレートと手紙には「北朝鮮から来ました。韓国大使館に連れて行って下さい」それを見せれば、後はモンゴル側が全てやってくれるといいます。

ジュニたち一行は国境鉄条網目指します。ところがすぐに中国の警備隊がやってきました。一人が流暢な中国語で警備隊に「兄弟たちが砂漠が見たいから黒龍江から来ました」この言葉に警備員も脱北者じゃないな。と信じかけました。しかし同行者の中に一人心を病んでいる女性がいました。その女性は脱北するときに、息子を警備兵からの銃で撃たれて殺されていました。精神を病んでいた女性は、警備隊が持っている銃を見て脱北したときの記憶が蘇ります。騒ぎ立ててしまいました。公安に脱北者ということがわかってしまい捕まってしまった女性たちですが、「逃げなさい」とジュニは勇気付けられジュニひとり鉄条網を越えて、脱出に成功しました。

その頃ヨンスはどうしていたかというと、空港内で身柄を確保されていました。 栄養剤に麻薬という疑惑は晴れていましたが、ヨンスの持っていたパスポートが偽造だったことが明らかになってしまっていました。臨時のパスポートが発行されるまで、出国することはできない。と大使館職員に諭されています。もし出国してモンゴルの国境付近に行ったとしても、モンゴルの広大な地のいったいどこから越えてくるかはわからない。モンゴルへ行ったとしても、会える可能性は低い。ジュニが無事に国境を越えられたら、必ずここに送られてくるから、ここで待つことが得策。待ちなさい。と説得を受けていました。

モンゴルでは、鉄条網を越えたジュニが広大なモンゴルの地を黙々とひたすら歩いていました。広い砂漠です。建物もなければ誰もいません。炎天下の砂漠の中をただひたすらに歩きます。首からかけている亡命者をあらわすプレートが風に揺れています。ひたすら炎天下の中歩き続けますが、やがて日は落ちて砂漠に夜がやってきました。

疲れきったジュニは、砂漠の砂が吹き荒れるモンゴルの地で、夜の寒さに身を縮めながら母の形見の指輪を指にさして、満点の星のしたで眠りに落ちるのでした。

ラスト

ヨンスはジュニと対面することになりますが、久しぶりの対面はヨンスが予想しなかった形での対面でした。まとめられたジュニの荷物と砂漠で眠るようにみえるジュニの亡骸でした。

ジュニの遺体に頬擦りして号泣するヨンス。 今までジュニはどれだけ苦労してきたのだろう。。自分が約束通り戻れなかったために、ジュニは苦しんで苦しんで苦しんだ末に死んでいってしまった。

ヨンスはただただ泣くしかありませんでした。

韓国に戻るため、飛行機に搭乗しようとしたヨンスにその時「アボジ」(おとうさん)とジュニの声が聞こえます。ジュニの姿を探して一心不乱に追い求めますが、聞こえたはずの声、それは幻でした。

その時に突然の激しい雨が降ってきました。ジュニが大好きだった雨です。ヨンスはただただ雨に打たれながらジュニの存在を近くに感じることができました。

クロッシング製作

助監督自身も脱北者です。それもジュニの通ったルートのモンゴル国境を越えて亡命することができました。この映画を撮影した時期の韓国では、ノ・ムヒョンが大統領でした。キム・デジュンの太陽政策を継承しつつ、さらに徹底的に北朝鮮に対して宥和路線をしていたため、脱北者に対してはとても消極的いわば冷淡な対応をとっていたこともあって、クロッシングは極秘裏に制作され中国・韓国・モンゴルで撮影が行われました。

映画が公開されたのはノ・ムヒョンから政権が変わっりイ・ミョンバク大統領の時の2008年6月に韓国で公開されました。映画に登場する俳優の仲にも、脱北者も含まれていて北朝鮮での日常そのものを追求しています。

北朝鮮の北部での暮らしは21世紀とは思えない暮らしや町並みです。北朝鮮が放送するのは、いつも綺麗な『ショーケースのような街』の平壌だからです。北朝鮮では1990年代から食糧難といわれてい餓死者が出ていることはよく報道されています。脱北者の数は30万人とも言われていますが、実際に脱北を試みて失敗して命を落とし人は数倍いるとも言われています。無事に脱北できて韓国へ辿りつけた人は約2万人。餓死を選ぶか、脱北を選ぶか。もちろん失敗するために命を危険にさらすわけではありません。成功する可能性が少しでもあれば、その可能性にかけてまさに命を賭けて脱北を試みます。

監督は今も脱北を命を賭けて目指す人がいる人が知って欲しいと願い、北朝鮮収容所での生活や北朝鮮での食料事情などさまざまな問題を投げかけている。この現実は分かって欲しい。という思いが込められている映画です。

スタッフ

  • 監督・・・キム・テギュン
  • 脚本・・・イ・ユジン
  • 撮影・・・チョン・ハンチョル
  • 音楽・・・キム・テソン
  • 編集・・・コ・インピョル
  • 配給・・・ヴァンテージ・ホールディングス
  • 公開・・・韓国:2008年6月26日 日本:2010年4月17日